吉野屋の「生娘シャブ漬け」騒動に現役マーケターが感じた違和感

こんにちは。

マーケター兼経営コンサルタントの菅井です。

 先日、大手牛丼チェーン店吉野屋の、当時役員を務めていた、著名な現役マーケターが、早稲田大学で講演した際の発言が、騒動になりました。

 この報道を知り、同じ現役マーケターである私が抱いた違和感を、書き留めておきます。



1、マーケターとは?

 最初に、マーケターとはどのような職業かご存じない方のため、その仕事の内容を、簡単にお話します。

 マーケターとは、消費者が抱く欲求や悩み、価値観といったニーズをリサーチし、商品開発や広告宣伝へその結果を反映し、商品の販売力を改善する企画を立案する職業です。

 最終的には、商品や企業の売上利益、販売力、ブランド価値を高め、企業が永続的に成長できる仕組みをデザインし、企業サイドにそれを実現してもらうことを目標とします。

 商品や企業の価値を向上するには、消費者のリサーチと商品開発(または改良)、広告宣伝のサイクルを、継続的に回転させる必要があります。

 これがよく耳にする、マーケティングと呼ばれる業務です。

 これを実現するには、企業の内部で、人材の採用や育成、インフラの整備、ファイナンスへも関与する必要があり、経営戦略の立案と同等の大局的観点から、企画する力が求められます。

 それに、時代の潮流を把握するスキル、効果的な広告宣伝を企画するため、広告効果の検証方法に関する知識も必要です。

 従って、マーケターを目指すには、多種多様な業務の実務経験がなければ、難しいでしょう。

 もちろん、企業の経営者とマーケターが、企業の思想や価値観を共有できていなければ、一時的な売上の改善ができたとしても、企業のブランド力までは、向上できません。

 以前は、こうしたマーケティング業務を外部委託する企業は、少なくありませんでしたが、近年は、社内でマーケターを育成したり、マーケター自らが、経営者や役員へ就任する事例も増えています。

2、騒動の経緯

 今回の騒動に巻き込まれた吉野家は、女性客の比率が低いという経営課題を抱えていました。

 国内における外食の消費額は、男性より女性の方がやや高く、家族で外食する際のお店選びも、女性が決定するケースが多数派です。

 こうした背景から、飲食店は規模が大きくなるほど、女性客を取り込めるかどうかで売上が左右されやすく、吉野家も、女性客を増やす戦略が不可欠と考えたのでしょう。

 そこで件のマーケターは、吉野家の既存のインフラで実現可能な、話題性を提供できるメニューを開発しました。

 さらに、既存の店舗を、女性が利用しやすいようリニューアルを提案、結果、女性客のみならず、来客数全体の増加を成功させました。

 今回の騒動は、その戦略を彼自らが、早稲田大学での講座で語った際の発言で、受講者のSNSで外部に漏れ、発覚したものです。

 その発言は、以下のようなものでした。

「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘な内に牛丼中毒にする。」

3、世間のトレンド”SDGs”とコンプライアンス経営

 近年の世界的なトレンドの1つとして、2015年に国際連合で採択された、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」、いわゆる”SDGs”が挙げられます。

 ”SDGs”には、17の世界的目標が掲げられていますが、そのうちの1つとして、「ジェンダーフリーの実現」があります。

 男女はもちろん、LGBTQといったマイノリティーの方々を含め、性差や、それに基づく価値観の垣根を超えて、みなが社会で不自由なく活躍できるようにしましょうね、という考え方です。



 また、企業経営においてはコンプライアンス、すなわち法規制の順守が、年々強く求められるようになっています。

 ひとたび不祥事が公になれば、その企業のブランド価値は吹き飛ばされ、上場企業であれば、株価が暴落することもあり得ます。

 経営者はもちろんですが、マーケターもこうした潮流を深く理解できていなければ、企業の業績に貢献するなど、到底できないでしょう。

 当然、件のマーケターも、こうした社会的背景は、知識としてインプットされていた筈です。

4、何が問題なのか?

 問題とされた発言は、2つの焦点にまとめられると、私は考えます。

 1つは、先述のように、ジェンダーフリーがこれだけ叫ばれている時代ですから、女性のみならず、男性からも、反感を買う発言があった点です。

 ただでさえ、女性の社会進出率が低い我が国ですから、女性の活躍を阻害しかねない発言と、捉えることもできますね。

 拡大解釈すれば、地方ご出身の方や、現在地方にお住まいの方までもを敵に回す、差別的な発言と言って良いでしょう。

 もう1つは、この吉野家の戦略を例えた表現です。

 コンプライアンス意識が強く求められる現代に、牛丼という食べ物を、違法薬物に例えた表現が、不適切と言わざるを得ません。

 飲食業界では、メニューに「やみつき要素」を加えるのは鉄板手法ですが、それは、依存性の高い違法薬物を使ったものであってはなりません。

 牛丼という食べ物、違法薬物への依存で苦しんでいられる方、そして当時、自らが役員を務めていた吉野家という企業さえも、軽蔑しているように見受けられます。

5、マーケターとして抱いた違和感

 件のマーケターは、報じられているようにP&G出身で、そこでも数多くの実績を残してきました。

 世界中に、数多くの凄腕マーケターを擁すると言われるP&Gも、実はこれまで、何度も似た騒動を起こし、それを乗り越えてきた過去があります。

 P&Gでのキャリアが長かった彼が、そうした経緯を知らない筈がなく、都度、コンプライアンスやジェンダーフリーの問題について、深く考えさせられてきたことでしょう。

 時代の潮流を読むプロである彼が、なぜこのような、時代錯誤も甚だしい発言をしてしまったのか、同業者として、違和感しかありません。

 その上彼は、消費者の分析が鋭いとの定評が、業界内では以前からありました。

 消費者の目線に立つことができないければ、消費者の分析など、決してできるものではありません。

 にも関わらず、こうした、蔑視的な発言をしてしまったことは、理解に苦しみます。

 彼は、数多くの成功体験を積んだことで、世間からもてはやされ、自らを特別視するようになり、周りを見下すようになったのではないでしょうか?

 本人にとり、場を和ませることを狙った発言であったのかもしれませんが、このような心理が働いていたように、思えてなりません。

 加えて、時代の変化に合わせ、知識のアップデートはしていても、価値観倫理観まではアップデートできていなかった、という可能性も考えられます。

 知識と価値観倫理観は、別物です。

 今回の騒動で、現役のマーケターとして私が抱いた違和感は、もう1つあります。

 吉野家はただちに、本人を役員職から解任しました。

 しかるにそれは、吉野家という企業自体の、コンプライアンス意識の高さを裏付ける判断であると感じました。

 マーケターであり、当時吉野家の役員を務めながら、吉野家の牛丼をこよやく愛していると自称する彼が、吉野家のこうした価値観を、なぜ理解し共有できていなかったのかが、謎として残ります。

6、吉野家が抱える課題

 今回の騒動に前後して、吉野家のカスタマーサービスや、人材採用におけるトラブルが、立て続けに報じられました。

 もし、経営者のコンプライアンス意識が高くても、それが組織に浸透していなければ、現場におけるトラブルの予防は困難です。

 吉野家で、こうしたトラブルが続いたのは、組織の中で、企業としての価値観の共有や、コミュニケーションの不足があったように思えます。

 いわゆる、現場力に課題があったからこそ、招き入れたトラブルであったと言えるでしょう。

 今回の騒動で、吉野家に対する世間のイメージも低下しましたが、1人の吉野家ファンとして、世間からの信頼の回復と、さらなる事業の成長を願わずにはいられません。

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7、件のマーケターに伝えたいこと

 問題となった今回の発言で、吉野家が被った損害は、無視できるものではありません。

 さらに、マーケターという職業人に対する、世間からのイメージ低下も招き入れてしまいました。

 同じマーケターという職業人として、せめて、ご本人がメディアの前で会見を行い、経緯を説明する誠意を見せて欲しいと、強く感じます。

 その上で、彼が自らの努力により名誉信頼を取り戻し、再び凄腕マーケッターとして活躍する姿を、ぜひ拝見したいと願っています。

8、まとめ

 私も、現役のマーケターであり、また同時に経営者でもあります。

 我が国で、多大な功績を残された経営者の多くが、自らを律することの大切さを説いています。

 京セラの創業者である稲盛和夫氏は、経営破綻直後の日本航空の社長に就任した際、当時の従業員一人ひとりに感謝の気持ちを伝えに、自ら各地の現場をまわられたのは、有名な話です。

 今回の騒動を教訓に、自らに甘えがないか、コンプライアンスや人を軽視していないか、私も自らを見つめなおす良い機会になりました。

 そして、経営コンサルタントとして、経営者自らが自分を律することの大切さを、引き続き世の中へ、訴え続けなければならないと、身が引き締まる思いです。

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記事執筆に係る情報

著作情報

新規執筆:2022年4月20日
加筆修正:2022年6月20日

この記事の執筆者

社長

ゴールデンマーケティング株式会社
取締役社長兼主席コンサルタント 菅井

ご注意

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